2018年5月2日

ガードを下げよう。キュートシー。

最近、性格的な可愛げ、茶目っ気、キュートネス、といったものの重要性を痛感しております。

身の回りの例を思い返してみても、性格的に可愛いところがある人というのはやはり周囲の人々に好かれるし、少々やらかしても「こやつめハハハ」で流してもらえるようなイイ感じの立ち位置にいることが多く、人付き合いのヘタなわたくしはたいへんにうらやましい。もちろんそこで自分の可愛げを自覚して好き放題やってしまうと「可愛い」から「あざとい」という若干ネガティブな評価に変化してしまうので、可愛さというのもそれはそれで繊細なさじ加減の上に成り立っているのかもしれません。まあそのバランスを取る能力も含めて、持って生まれたナニカなのかも。

そしてその可愛げがどこから生じるのかといえば、おそらく「隙」とか「油断」からではないかと思うのです。わたくしの学生時代のある友人などはラグビー部に所属しつつファストフード店でのアルバイトも熱心に頑張るという壮健な男でしたが、一方で学校帰りにコージーコーナーでジャンボプリンを買い食いするようなキュートさも持ち合わせていたので、やはり人気がありました。特に下級生の女子に。うらやましい。

まあこれはギャップ萌えの一種のような気もしますが、とにかく人間どこかに隙を作っておくのは大事だなあと思うのです。他人に隙を見せないというのはとりつく島がないというのと同じことなので、他人の側からするとなかなか親近感が抱けませんし、隙かと思ったら当て身投げのモーションだった、みたいなこともありそうで(分かりにくい比喩)どうにも近寄りがたいですからして。

わたくしも生来の臆病な性格のせいか他人に隙を見せないよう身構えてしまうところが多分にあって、人に好かれず何かと不自由しているので、これからは隙を見せることを恐れず、できるだけ自然に油断することでちょいカワおやじを目指していこうと思います。スーツ姿のまま公園のベンチでロールちゃんを食べたり、ってこれはあざとい範疇か。うーむ。


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