2018年3月4日

ミニコラム・ちょろけん(仮) #40

わたくしがネット上で「わたくし」という一人称を使うようになってからもうけっこう経つのですが。

この一人称、実は田中角栄が由来だったりします。 といっても彼に心酔しているので真似たというわけではなく、個人的バイブルのひとつである「VOWでやんす!」にバカ本として紹介されていた彼の著書「自伝 わたくしの少年時代」のタイトルを見て、冗談半分で使うようになっただけなんですけどね。

羽生善治の信条として「言葉は人をつくる」というものがあるそうですがこれは本当にその通りで、一人称を「わたくし」に変えただけで雑な物言いや汚い言葉遣いをなんとなく避けるようになり、そのうち些細な言い間違いや誤字脱字なども異常に気にするようになり、最終的には一回ツイートするのに一時間くらい推敲したりするようになった…のはさすがに自分でもどうかと思ったので、今は意識してあまり考えすぎないようにしていますが。とにかく言葉に気をつけるようになりました。

言葉と人となり、といえばしばらく前の小室哲哉と週刊文春の騒動なんかもそうで、ニュース記事を読んだわたくしには騒動そのものよりも、引き合いに出された堀江貴文のコメントの口汚さのほうが強く印象に残りました。ああいう人はやっぱり発する言葉もこうなんだなあ、みたいな。

こんなことを書くとわたくしの実際の人となりを知る人には「お前みたいな下衆な奴が何を言っているんだ」と思われてしまうかもしれませんが、人間表裏があるのは当たり前で、そこで少なくとも公の場では気を遣って裏のほうをあまり出さない、みうらじゅん言うところの「不自然体」もひとつのカッコいいあり方ではないかなあと思った次第です。というか以前ツイッターの非公開アカウントで裏のほうの自分を吐き出していた時期があって、あとでそのログを読み返して自分の下衆さに心底ぐんにょりしたので、そこはもう表に出すまいという気持ちになったのでした。こういう経験があるかないかで自分の発言に対する見方が変わってくる気がするので、みんな一度非公開アカウントを作ってやってみるといいんではないでしょうか。ってそんなことを勧めるんじゃないよという話ではありますな。うぐぐ。

 

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