2018年2月28日

ミニコラム・ちょろけん(仮) #39

VR、最近流行っているみたいですね。わたくしはまだ実体験していないのですが。興味がないわけではないものの、直接触れるきっかけがなくてなー。

でふと思った「こんなVRが欲しい」ネタとして、希少動物をVR内で飼えるペットゲームというのはどうでしょうか。いやまあ希少でなくてもいいんですが、要するにペンギンとかウォンバットとかアルパカとか「可愛いけど実際に飼うのは環境的(あるいは法律的)に無理!」みたいな動物をVR(AR?)内で飼えますよ、みたいなゲーム。とりあえずシステムさえ作ってしまえばあとから動物データを追加するのは簡単そうですし。なんならドラゴンとかマンティコアとかおにこんぼうみたいな架空の動物だって飼えちゃうし、ペットが寿命で死ぬこともない。まさに現実世界の拡張!

しかしアップデート等で不具合が発生、愛するペットの挙動がおかしくなって奇怪な行動を繰り返したり、家具の隙間にはさまってぷるぷる震えたかと思うとあらぬ方向にすっ飛んでいったりしたらやっぱり怖いので、システムの製作には細心の注意を要するところです。ずっとかわいがっていたカーバンクルのむーたんがある日を境に突然WWE時代のTAJIRIくらい挙動不審になる、といったような悲劇が起こりませぬよう。

 

ミニコラム・ちょろけん(仮) #38

あまり使う機会もない豆知識(ビーンアイデア)をひとつ。

「サモ・ハン・キンポー」ってもうなんの疑問もなく一息で呼んじゃいますが、冷静に考えるとちょっと長いというか音節が多くねえですか、という話。実はこれ、ちょっと変な表記なのです。

ご存知のように香港では本名(中国名)に加えて英語名を名乗る文化があります。土地柄外国人が多いので利便性向上のためにそうなったようで、例をあげるとブルース・リーの「ブルース」やジャッキー・チェンの「ジャッキー」、ジョン・ウーの「ジョン」なんかがそうですな。でサモハンは中国名が「洪金宝」(ハン・キンポー)で、英語名が「サモ」(Sammo)。つまり「サモ・ハン・キンポー」というのは「ブルース・リー・シャオロン」とか「ジョン・ウー・ユイセン」みたいな、中国名のフルネームと英語名を併記したちょっとめずらしい書き方なのです。海外では英語名+名字の「Sammo Hung」という表記が一般的みたいですね。ついでに言うと名字の「金宝」も広東語ではキンポーとは読まない模様。なんでこうなったかはよく分かりませんが、当時の映画会社の裁量でしょうか。

似たような例としてはジミー・ウォング(王羽)なんかもそうですかね。これは英語の資料を直訳してしまったのか、名字の「Wang」の黙字のgをそのまま「グ」と訳しています。発音に即した表記としてはジミー・ワンが妥当なんでしょうけど、もう「ウォング」でなじみすぎてしまって今更直すのもなあ…って感じになってしまっているのが面白い。かつて「ジョジョの奇妙な冒険」の有名な誤植「何をするだァーッ!」を修正したらファンに残念がられた、みたいな話もありますし。いやこれはちょっと性質が違うか。

2018年2月25日

ミニコラム・ちょろけん(仮) #37

先日かかった病院で「抜萃のつゞり」(ばっすいのつづり)という小冊子が配布されていました。

ISBNのついていないこの自費出版と思われる小冊子は、どうやら様々な媒体に掲載された一年分のコラムを、各著者と版元の許可を得てまとめたもののようです。発行元は(株)クマヒラという会社。しかしそこでお坊さんや財界人、各界の著名人(假屋崎省吾や光浦靖子なんかも寄稿していたり)が語っているコラムの内容はみんなどうにも模範的というか、社会的にまったく正しいことばかりでどうにも読んでいて居心地が悪い。性根のひねくれたはみ出し者であるわたくしは、まるである種の心理操作を受けた人が目をキラキラさせながら語っているかのような不気味さを読みながら感じてしまったのでした。

そこであらためて気がついたのが「影」の大事さ。光があるところには影が生じないと不自然ですし、ネガティブな感情を一切持たない人間というのもいないはずなんですよね。  「水清ければ魚棲まず」の格言…とはちょっと意味がズレるかもしれませんが、やっぱり何かしら影というか人間臭さを感じさせない人というのは警戒してしまう。たとえばこういうちょっとしたウェブ上の読み物でも、あんまり「職場の教養」みたいなことばかり書いてあるとやっぱり薄気味悪いですし。もちろんその逆の、光の部分がまったくない露悪的なものもナンセンスですが、それはそれとしても適度に影・毒・人間臭さみたいなものを織り交ぜていくのはバランス感覚として大事ではないかなあ、と思いました。ウンコブリブリブー。

ミニコラム・ちょろけん(仮) #36

子供の頃に学んだことって、大人になっても結構覚えているものですね。

先日裁縫というかちょっとしたものを縫い合わせる必要があってそういう作業をしたのですが、糸の端っこに結び目を作る「玉結び」とか、縫い終わりに結び目を作る「玉止め」とか、中学の家庭科の授業で習った技術が今でもすっとできたので自分でも驚きました。よく「学校の授業なんて役に立たない」なんて言う人がいますが、自分の経験と照らし合わせたかぎりでは別にそんなことないよなーと常々思います。少なくとも義務教育の期間中に習うことはその後の人生でも役に立つことがたいへん多いので、(色々な事情があるにせよ)できればやっぱり真面目に勉強したほうがいい、というごく当たり前の話ですな。

あとドリップコーヒーを淹れるときにペーパーフィルターの端を互い違いに折るのとかも、子供の頃に親がコーヒーを淹れるのを手伝っていたので普通に覚えていました。今思えばこういうお手伝いから学んだことも多かったかも。子供には習いごとなんかよりも、まずこういう家事の手伝いなんかをしっかりさせた方が後のためになるのでは…というのが子供の頃に強制された習いごと(ピアノ)がまったく実にならなかったわたくしの一意見。まあ子育てには絶対がないから難しいのだとは思いますが、何にせよ子供のいないわたくしが偉そうにご高説をたれることではないですな。ぐう。

2018年2月24日

ミニコラム・ちょろけん(仮) #35

さて好不評どころかそもそも読者がいるのかも怪しい当ミニコラムですが、利便性向上のためにタイトルのナンバリングを通し番号に変更しました。書いた日付はブログのタイムスタンプを見れば分かりますしね。しかしなんだかんだでもう34回も書いていたんやねえ、あないなしょうむない話を。塵は積もっても塵のままのような気がしますが、とりあえずは100回を目指して(無理のない程度に)頑張ってキープオンしてみようと思います。かしこ。

2018年2月23日

ミニコラム・ちょろけん(仮) #34

昔WWEにいたペリー・サターンが一時期「スリーハンドル・ファミリーグラダンザ」という技を決め技にしていました。

そのあまりに長い名前と対照的な地味な動き(フィッシャーマンズ・スープレックスの姿勢から横にひねって落とすネックブリーカー)が妙に印象的だったのでいまだに覚えているんですが、ふとこの技名の由来が気になって調べてみたところ、「The Cat in the Hat」という1971年のアニメ(日本未公開)に出てくる「Moss-covered, three-handled family gradunza」という歌でした。「Gradunza」はどうやら「Credenza」(食器棚)がなまったもののようなので、訳すと「苔むした、取っ手が3つある家族の食器棚」…になるんでしょうか。これがアメリカで(ネタとして)どんな受容のされ方をしているのか、ウェブ上だけではちょっと掴みづらいところですなー。

ちなみにこのアニメの原作であるドクター・スースの絵本「キャット イン ザ ハット」はアメリカの子供たちが読む定番絵本のひとつなんだそうで、日本に置き換えるとどのあたりでしょうかね。「ぐりとぐら」とか「アンパンマン」あたりだとすると、プロレス技に「アンパンチ」とか名付けている感覚になるのかなあ。やなせたかし先生に怒られそうだ。雪崩式アンパンチとかリストクラッチ式アンパンチとか。

 

ミニコラム・ちょろけん(仮) #33

ネーミングの手法として「一般的な名詞を一文字だけイジる」というのがある…ような気がします。

具体例をあげてみると、「バレンシアガ」(ガって何だよ!)とか「ブルガリ」(アが足りない!)とか「クリニーク」(クリニックじゃないのかよ!)とか。何の変哲もない単語に一文字足す、引く、あるいは変えることでどこか「引っかかる」感じが加わって、印象の強い名前になっているのだと思います。ここらへんの事象はもしかしたらもうマーケティング業界などで研究されているのかもしれませんが、わたくしはそういった方面は完全に門外漢なのでちょっとよく分かりませぬ。語感の研究とか面白そうだなあと常々思ってはいるんですけどね。あとブランドネームなんかは単純にデザイナーの名前を冠しているだけという場合も多く、その場合は「たまたまデザイナーが印象的な名前だった」というだけの話になってしまいますな。うーむ。

ではこの手法を使って実際に何か印象的な名前を考えてみよう、と思って「ハンバーブ」「コズミーク」「ヒヤシン」などを考案してみましたが、果たしてハンバーブなんて名前をどういった商品につければいいのか。ファッションブランドだったらちょっと嫌ですね。「ハンバーブ ロゴプリントパーカー 13,800円(税別)」 とか。化粧品ブランドでも「ハンバーブ スキントーニングローション 3,800円(税別)」とかちょっと顔に塗るのをためらう名前だし。ネーミングって難しいなあ。

 

2018年2月19日

ミニコラム・ちょろけん(仮) #32

いつかやってみたい、という「あこがれ行為」は人によって色々あるかと思いますが。

わたくしにとってのそれとして「ゲームセンターでの長時間プレイ」があったことをふと思い出しました。ここでいう長時間プレイというのはいわゆる連コイン行為ではなく、1クレジットでダラダラ粘り続けるプレイを指します。昔はよくいたんですよね、ゲームセンターで「ダンジョンズアンドドラゴンズ シャドーオーバーミスタラ」とか「スパイクアウト」とか、ああいうゲームを1クレジットでずっとプレイしつづけている人。何かのシューティングゲームで自機を安全地帯においたまま放置して缶コーヒーをぼんやり飲んでいる人なども見かけたことがあります。もちろんお店や他の客にとって台を専有するのは間違いなく迷惑行為なのですが、それにしても粋…は言いすぎにしても、どことなく洒脱な感じを受けたんですよね。粘りプレイにしてもまずそのゲームを相当やりこんでいなければできないことですし。少なくともわたくしにとって「カッコいいゲーマー」というのは、海外のゲーム大会で優勝して賞金何万ドルとかではなく、そういう風にゲームに熟練した普通の人たちだったのです。

で自分もいつかああいう風になりたいものだなあ、と思っているうちに時は流れてわたくしはいつのまにかゲームセンターに行かなくなり、アーケードゲームをとりまく様相も一変。かつてのゲーセン文化みたいなものはもう失われかけているようなので、せめてこういうところで思い出を反芻しておけばいずれ何か考古学的な資料に…ならないか。ならないな。

 

2018年2月16日

ミニコラム・ちょろけん(仮) #31

しばらく前から「ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド」をプレイしています。

この作品が昨年度の色々なゲーム賞を総なめにしたのはまだ記憶に新しいところ。わたくしとしても以前からプレイしてみたいと思っていて、ようやく色々と状況が整ったのでプレイし始めたんですが、いやはや凄い。オープンワールドというゲームシステムもここまで進化したかー、とうっかり感動してしまいました。具体的にはゲーム開始からすぐの地点にある焚き火。火の近くに置いてみたリンゴが、ちりちりちり、ポン、と焼きリンゴになったとき、ガシッと心を掴まれてしまった感があります。

それで「せっかくだから攻略情報はできるだけ見ないで効率無視でプレイしてみよう」と思い立ってそうしているのですが、あらためて考えてみるとそういう気持ちにさせてくれるゲームというのは貴重ですよね。ありとあらゆるゲームの攻略情報がネット上にゴロゴロしている今、情報を遮断する、すなわち「知らない権利を行使する」ことももっと重んじるべきかもしれないなあと思いました。ゲーム体験の一環という意味では、適度な苦労は楽しみとニアイコールですし。最初から効率ばかり追ってゲームをプレイするというのは、そりゃあもう味気ないものですから…。

という訳でゲームはまだ序盤、攻略どころか基本操作(の一部)もまだおぼつかない状態ですが、今のところ楽しくプレイできています。そういえば量販店の店頭で中古ソフトを買ったとき、パッケージ内に取扱説明書が入っていなかったので「説明書はないんですね」と言ったら店員さんに「たぶんゲーム内から見られるようになっていると思います。最近のゲームはみんなそうなので」と言われてちょっと恥ずかしい思いをしたっけなあ。時代の流れに取り残されかけている…!頑張ってアップデートしていかねば。

 

2018年2月15日

ミニコラム・ちょろけん(仮) #30

しかしまあ「ドラゴンクエスト10」(以下DQX)、ここまでハマるとは自分でも思っていなかった。

わたくしはMMORPGのプレイ歴はかなり長い方で、黎明期のウルティマオンラインから色々なタイトルを触ってきたのですが、おそらくその中でも一番長くハマっているのがこのDQXかもしれません。World of Warcraftもプレイしている期間は長かったんですが、拡張が出るごとに三ヶ月くらいプレイしては飽きて月額課金を止めるという繰り返しだったので、単純なプレイ時間だけ見てももうすでにDQXの方が長いと思います。

ではDQXの何が魅力か、といってゲームシステムをくどくどと説明するのもうっとうしいので避けますが、一言で言ってしまうと「楽しみ方の幅が広い」ところではないかと思います。難易度の高いエンドコンテンツに行かなくても、知らない人とパーティーを組まなくても、それどころかレベルすら上げなくても楽しめる奥の深いコンテンツが色々とあり、自分のやりたくないこと、苦手なことを強制されない(もちろん頑張れば相応のメリットはある)というのはゲームとしてとても正しいことのような気がします。そこにはゼネラルディレクター・堀井雄二のポリシーがあるのかもしれませんな。

それともうひとつ特筆すべきなのが運営の良心的な姿勢。色々なトラブルに柔軟に対応してくれるだけでなく、時にはゲーム内での経済活動に関する注意までうながしてくれるという親切ぶり。月額料金も安く(一般的なMMORPGの2/3程度)、プレイヤーの声を汲み上げる様々なシステムも完備されており、情報公開や説明にも積極的なので気持ちよくプレイしていられる…のがわたくしが今までプレイし続けてきた理由の一つであることは間違いありません。ネットゲームの運営にはいちゃもんをつけてナンボみたいな風潮が蔓延している中で、ここまで不信感の払拭に尽力する姿勢は高く評価できるのではないでしょうか。

もし以前のわたくしのように安住の地が見つからず色々なタイトルを渡り歩いているMMORPGファンがいたら、ぜひDQXを一度プレイしてみていただきたいと思います。グラフィックだけ見ると子供向けっぽいですが、ああ見えて実はものすごく奥が深いゲームですよ。

 

ミニコラム・ちょろけん(仮) #29

先日ちょこっと触れた「プロレスラー美男子烈伝」をしばらく前に読み終えました。

この本は雑誌「週刊プロレス」に連載されていた内館牧子のコラム、あの「~は美しい。」という書き出しが印象的なあれを単行本にまとめたもの。内館牧子というとTVドラマをほとんど見ないわたくしにとっては「いつもなんだか偉そうにしている横綱審議委員会のおばさん」という以上の認識はなかったのですが、こうして自分の好きなものに対する愛情を思うさま表明しているところを見てみると、意外とキュートなところのある人だったのでちょっと驚きました。ああいうお堅そうなおばさんもやっぱり好きな人(世界)の前では乙女になってしまうのね。プロレスの追いかけ方もすごく真面目だし、こういう文化に対する居住まい・態度の正しかたみたいなところはちゃんと心得ている人だったんだなあ、という感想。文章も面白く、勉強になりました。

となると同じジャンルのニュースによく出てくるあの嫌らしい大人のイメージをそのまま具現化したような邪悪、やくみつるも作品を読んでみたら「意外といい奴じゃん!」みたいになるんでしょうかね。なんだか想像がつきませんけども。

2018年2月10日

ミニコラム・ちょろけん(仮) #28

先日こんな動画を発見し、懐かしみのあまり卒倒しそうになりました。わたくしは幼少のころ東京の田無市に住んでいて、ちょうどこんな風景を見て育ったのです。ぐわー!エモ死ぬ!


この動画の0:53あたりに収録されている田無アメ横通り、近くを通りがかるといつも肉屋の揚げ物の匂いがプ~ンと漂っていて、子供の頃のわたくしはよく胃酸を分泌していたものです。あとスーパーカー消しゴムとかベーゴマを売っている駄菓子屋もこの付近にあったような…なんて思い出話を始めるとキリがない。

しかしわたくしが引っ越したあと田無駅前は再開発によってガラッと様変わりし、かつてわたくしが住んでいたマンションも取り壊されて宅地化。ついには田無市そのものまで隣の保谷市と合併して西東京市となり存在が消滅してしまったのですが、実際のところはまだ当時の姿のまま残っている建物や施設なども結構あるので、たまに己を省みるためにふらっと足を運んでみたりしています。(俺はそれを「ブラタナシ」と呼ぶね)

さらに調べてみると西東京市図書館のサイトにこんな写真資料が。このNo.253の「おもちゃのミチル」店頭でファミコンソフト「ミネルバトンサーガ」と「未来神話ジャーヴァス」のどちらを買おうか迷い、結果前者を購入したら面白かった!(そして後者はクソゲーだった)という懐かしい思い出があります。しかしここも再開発で消えてしまった…と思いきや、お店そのものは再開発事業で新たに建てられた大型テナントビルの一角に移転し、いまだ元気に営業中で嬉しいかぎり。あと思い出深いのは動画にも映っているオリエスという(わたくしがいた頃はポポロという名前だった)商業施設に入っていたおもちゃ屋なんですが、そちらはまだ建物がそのまま残っていて、今は確かドラッグストアと居酒屋が入っていたと思います。

あと個人的にどうしても気になるのが、当時田無駅から出てすぐのところにあった中華料理屋の看板。「うまいよ」という文字の配置がおかしくてどう見ても「よいまう」になっていたんですが、今確認しようとしてもネット上には映像資料が何もないのです。冒頭の動画にも映っていないし。誰か持ってないかなあ…。

 

【ネタバレなし】 Destiny2 初心者向けTips集

Destiny2を始めたばかりの人のために、ゲーム内であまり説明されない情報を一通りまとめてみました。自分がプレイした時にひっかかった部分が中心で、PvPコンテンツに関しては触れていません。今から始める人もあまりいないとは思いますが一応。

2018年2月8日

【てきとう翻訳】 Fat Larry's Band - Act Like You Know

以前から歌詞の内容が気になっていたので翻訳してみました。

タイトルの「Act like you know」は普通に訳すと「(知らないのに)知っているかのようにふるまう」=「知ったかぶりする」となるんですが、それでは歌詞の内容とちょっと噛み合わず。ここでは「Act like you know what you're doing」=「やり方を知っているかのようにやる」「上手くやれると思ってやる」という比較的ポピュラーな言い回しが省略されているのではないかな、と推測しました。

# 「Know what you are doing」で「やり方を知っている」、「上手くやることができる」という意味。フリーダ・カーロ(画家)の言葉に「Act like you know what you're doing, you can do whatever you want」=「上手くやれると思ってやれば、あなたは何だってできる」というものがあるそうです。あとドラマ「俺がハマーだ!」の主人公、スレッジ・ハマーの決めゼリフ「大丈夫、理屈じゃないんです!」も原語だと「Trust me, I know what I'm doing!」。

歌詞の中では主に命令形で、内容もこちらを鼓舞・激励するようなものなので、ここでは歌詞の内容にあわせて「自信を持って行動しろ」と訳しています。あと例によって他の部分もかなり意訳しているのでご注意ください。

2018年2月7日

ミニコラム・ちょろけん(仮) #27

先日ふとしたはずみに「ダーウィン4078」のことを思い出し、そこから芋づる式に色々な記憶が蘇ってきました。

「ダーウィン4078」というのは4078年…ではなく1986年にデータイーストからリリースされたアーケードゲーム。自機は何だかよくわからない灰色のつるっとした生物(ウルトラ怪獣のガヴァドンAにちょっと似ている)で、パワーアップアイテムを取ると進化して強くなると同時にその体もどんどんデカくなるのが印象的でした。縦スクロールシューティングなのに自機がこんなにデカかったら弾が避けられないじゃん…と当時ガキんちょだったわたくしは驚いたものですが、今こうしておっさんになってからWikipediaの項目を読んでみると、自機の大きさとかそれどころではない奇っ怪なパワーアップシステムが導入されていたようで、果たしてこのシステムをデザインした古川ともという方はどんな頭の構造をしていたのか、と今さらながら心配になってしまいました。

でついでに思い出したのがその「ダーウィン4078」を見たゲームセンターのこと。店名は忘れましたが、吉祥寺のサンロード商店街と東急百貨店をつなぐ元町通りの中ほどにあったゲームセンターだったことはいまだ鮮明に覚えています。当時のわたくしはガキんちょだったのでアーケードゲームに投入できるほどの小遣いは持っておらず、それでもゲームが大好きだったのでゲームセンターで誰かがプレイしている様子を脇から眺めてばかりいました。その頃に見た他のアーケードゲームで思い出せるのは「黄金の城」、「源平討魔伝」、「スペースハリアー」など。源平討魔伝とスペースハリアーはたしかロンロン(駅ビル)の地下にあったゲームコーナーで見たんですが、スペースハリアーの大型筐体がガコガコ動いているのを見た時は衝撃的だったなあ。源平討魔伝の大きなキャラクターの迫力も印象深かった。

とつい益体もない個人的な思い出を滔々と綴ってしまいましたが、思い出話は楽しいからしょうがないですな。「想い出はいつもキレイだけど それだけじゃおなかがすくわ」とJUDY AND MARYの「そばかす」でも歌われていますが、腹が満たせないからこそ尊い一面もあるんじゃないかな!ということでひとつお願いします。というかなぜわたくしはロクに聴いたこともないジュディマリの曲の歌詞なんかを覚えているのか。人間の記憶って不思議。

 

ミニコラム・ちょろけん(仮) #26

ひとつのことをやり続けるというのは大変なものだよなあ、とメタルを聴きながらぼんやり思っていました。

聴いていたのはオーヴァーキルの近作「The Grinding Wheel」。この人たちはデビュー当時から一貫してハードコアなスラッシュメタルをやり続けていて、最近のプロモーションビデオなんかを見るともう結構いい歳のおじさんなんですが、まだまだ元気なご様子。(アルバムごとに多少のゆらぎはあるにせよ)こういう風に同じスタイルをずっと貫けるというのは本当に凄い。

たとえば同時期に同ジャンルでデビューしたメタリカは常に音楽性を変化させながらロック界の頂点に登りつめましたが、時代にあわせて器用に変化していく人たちというのは個人的には見ていてもそれほど感動しないんですよね(それと各作品に対する評価はまた別ですが)。やっぱりわたくしは「不器用な頑固者」が好きですし、そういう人たちじゃないとたどり着けない境地もきっとあるはずだと思っています。

以前みうらじゅんがその著書「いつも心にジージャンを」のなかで、「やっぱ続けていくということは、いちばんスゴイことです。ロック用語の"キープ・オン・ロケンロール!"も、ロケンロールは若けりゃだれでも一度はできるけど、いちばん重要なのは"キープ・オン"だと、教えてくれるわけですよ。」と述べていたのを読んだときはウームなるほど、と唸らされました。あと中国拳法を題材にした漫画「拳児」に出てくる古人の言葉に「千招(多くの技)を知る者を恐れず、一招(一つの技)に熟練するものを恐れよ」というものもありました。一意専心、ひとつの道に磨きをかけ続けるというのは古来よりそれだけ大変で凄いことだと認識されていたんでしょう。

ひるがえって自分を見てみると、興味本位で色々とやり始めてはみるものの、いつも8割くらい理解したところで飽きて投げ出してばかり。何でもそれなりの形になる8割までは努力する分だけ見返りがあるので楽しいけど、「そこから上…8から10までは信じられないぐらい進まない… 本当にちょっとづつ 少しづつ…だ」とは漫画「湾岸ミッドナイト」に出てくる台詞(また漫画からの引用か)。8割から先の苦しい部分こそが大事なのに、そこを8割で終えてしまったらやり遂げたことにはならないですわな。俺はそれを「卒業」ではなく「中退」と呼ぶね。今までずっとそんな感じだったので、これからは何かをやり遂げられるようもうちょっと頑張っていきたい所存です。うぐぐ。

 

2018年2月5日

ミニコラム・ちょろけん(仮) #25

マサ斎藤は美しい。

とちょうど今読んでいる内館牧子の「プロレスラー美男子烈伝」(週刊プロレスの連載コラムをまとめた本)の書き出しを真似してみましたが、マサ斎藤。何年か前にパーキンソン病に罹患していたことが話題になりましたが、現役の頃のマサ斎藤はそりゃもうカッコ良かったんですよ。あの鬼瓦のような顔にチリチリパーマというだけでも強烈なのに、体もバリッとビルドアップされていて。とくに皮膚の下に筋肉をみっちりと詰め込んだような太鼓腹と、異常に盛り上がった首から肩にかけての筋肉が印象的でした。いまの選手だとWWEのブロック・レスナーがあの猪首を継承していますな。その一方で脚が長くて腰が高いので、シルエットだけ見ても常人離れしていたというか、もう鬼とかアメコミキャラとかそういうレベルだったような気がします。まさにプロレスという非日常の体現者。

そんなルックスなのにカルピスが大好きだったり、TV中継の解説者として歯に衣着せぬ名(迷)コメントの数々を残したりといったキュートさもあり、今でいうギャップ萌え的な要素を多分にそなえておりました。そして何よりも人間性がまっすぐな好人物であったことは、彼の自伝「プロレス『監獄固め』血風録」を読めばお分かりいただけると思います。彼が日本のマット界のトップに君臨できなかったのもそういった真面目さがあったせいかなあ、と今になってみると思わなくもないですが…。ちなみにこの本は「プロレスラーの自伝としては面白い」とかそういうレベルではなく、普通に名著だとわたくしは思っていますので、興味をもたれた方は是非ご一読を。

 

2018年2月3日

ミニコラム・ちょろけん(仮) #24

しばらく前からドリップコーヒーを飲むようになりました。

前に色々あって(含みをもたせた表現)カフェイン耐性がすっかり低下してしまったわたくし。カフェインを摂りすぎると体調が悪化するようになってしまったものの、さりとて一切のカフェインを断ってしまうとどうにも頭がぼんやりしてしまってこれも具合がよろしくない。ので気付けのために一日一杯に限定して薄いインスタントコーヒーを飲んでいたのですが、徐々にそれでは飽き足らなくなり、「どうせ一日一杯しか飲めないならちゃんとしたものを」と思ってドリップコーヒーを淹れるようになったのでした。

といってもスーパーに売っているような安いコーヒー豆を適当に淹れて飲むだけなんですが、それでもやっぱりインスタントとは違うなあ違うねえ、なんてものすごく当たり前の感想。昔は面倒くさいとしか思っていなかった作業、ペーパーフィルターの端っこを折ったり、お湯をわかしてドリッパーにちょっとづつ注いだり、も豊かな時間のように感じられてなんとなく楽しい。心境の変化って不思議なものですなー。

わたくしは基本的に興味の対象に近づきすぎないことを旨としているので、じゃあ今度は専門店のお高いブレンド豆を買ってみよう!とか温度計を使って淹れるときの温度に注意してみよう!という風にならない…よう気をつけてはいるんですが、困ったことにうちの近所にはなぜかこだわりの強そうなコーヒー専門店がけっこうあり、そういうお店の人にちょっと話を聞いてみたいなあ、みたいな好奇心が鎌首をもたげはじめてきて目下困っているところ。好奇心です! (飯島市朗「予期せぬ訪問者」より)